向井真理子

向井真理子さんは日本初のカラーアニメが放送された1965年から活躍されている超大御所声優の1人です。代表作は何といっても伝説のハリウッド女優マリリン・モンローでしょう。

専任の持ち役としてほとんどの作品でマリリン・モンローの吹き替えを担当し、その色っぽい声と演技に多くの人々が魅了されました。

担当になった当時の時点で既にマリリン・モンロー本人は亡くなっていたのですが、向井さんが演じることによってその類まれなる魅力が蘇り現在に至るまで多くの人の心に残ることが出来たのではないでしょうか。

その他には現在も「ベティさん」の愛称で親しまれている海外アニメの人気キャラクターベティ・ブープや、ポパイの実写版でヒロインのオリーブ役を担当するなど主に洋画吹き替えでご活躍。

もちろんアニメでも誰もが知っている役を演じられ、日本初の少女向けアニメである魔法使いサリーではサリーの親友のひとりである春日野すみれとサリーのママを兼任。Dr.スランプ アラレちゃんでは山吹(則巻)みどりを、人気ゲームスーパーマリオシリーズではピーチ姫を担当。

そしてドラゴンボールシリーズのブルマの母やあさりちゃんの浜野さんごなど、お母さん役を多く演じられました。特に山吹みどりはマリリン・モンローをモデルにしたというキャラですので声の担当は向井さん以外あり得なかったでしょうし、浜野さんごはそれまでの役とは違って厳しい性格の役だったので初めて聞いたときにビックリした人が多かったそうです。

そんな声優史に残るような大役を長年に渡って演じられた功績が認められ、2007年に第1回目の声優アワードで功労賞を受賞。78歳となった現在でも現役で活躍する傍ら後進の育成にも力を入れており、都心のだけでなく新幹線に乗って地方の養成所や専門学校へ出かけられることも多々あります。

その教育熱心な心と優しく穏やかな眼差しで、成長し続ける若い声優の卵達や声優界をいつまでも温かく見守っていってくださることでしょう。

マリリン・モンローの吹き替え声優として多くの人々を魅了してきた向井真理子さんですが、最初から色っぽい演技が出来ていたわけではありません。

現にマリリン・モンローを演じる前は当時のマネージャーから「1番色気がない女優」と言われていたとか。そこでマネージャーが「とにかく色気がないってことは将来性がない。将来主役をやるには色気が大事だ。」ということで取ってきたお仕事が、“億万長者と結婚する方法”という海外のテレビドラマの主役の吹き替えです。

こちらの作品で担当することになったのはバーバラ・イーデンという女優ですが、この作品のオリジナルで映画作品である“百万長者と結婚する方法”ではマリリン・モンローが同じ役を演じていました。

テレビ局側は向井さんを紹介された際に「あの子は色気がないから、主役なんてとんでもない!」と断っていたそうですが、マネージャーがゴマをすったりと色々やって半ば強引に取ってきたそうです。

そんな背景もあったので「この役を失敗したら僕はもう面倒見ないし、業界も辞めた方がいいよ。」と言われてしまいました。そうは言っても色気なんて考えてわかるものでもないし、先輩に聞いてもなかなか的確なアドバイスをもらえません。

私も専門学校時代に同じことで悩みましたが、講師の先生に聞いても「大人になったらわかるよ。」で終わってしまったんですよね・・・。まあ、恐らく色気というのは考えて出るものではないものなのでしょうから誰も何とも言えないのかもしれません。

それでも向井さんの場合は収録日がだんだん近づいて来るし将来のためにもどうにかするしかありませんでしたが、毎日悩んで悩んで試行錯誤していたある日隣の家からお母さんに甘える赤ちゃんの声が聞こえてきました。

その声を聞いて「ああいう感じかな・・・。」とインスピレーションを受け、怒られるのを覚悟しながら収録に挑んだら「なんか色っぽいじゃん!」と大絶賛。それから最終回まで無事に役を全う出来ましたし、後に“百万長者と結婚する方法”の方でもマリリン・モンローの吹き替えを担当することになりました。

それから何年も経って専門学校の講師として教壇に立たれた際に「“諦めない”、その先に奇跡がある。」と語っていらしたのですが、このときの経験から得たことなのかもしれませんね。

またマリリン・モンローはしゃべっていないときでも口を半開きにしていることが多いのでタイミングを合わせるのが一苦労だし、声も少年のように低かったため彼女らしさを出すのが難しかったそうです。

そもそもマリリン・モンロー自体がインタビュー内容や公開されている私生活全てに台本があったという非常に謎に包まれた人物でしたしね。

その上初めて吹き替えを担当された作品はスカートのシーンが有名な「七年目の浮気」や「お熱いのがお好き」のようなマリリン・モンローらしさが出た軽快な作品ではなく、「荒馬と女」というシリアスな作品だったので尚更イメージするのが大変でした。

その際にもとても悩まれたそうですが演出さんの「向井真理子として演じていい。」という一言で吹っ切れて、最後までやりきれたそうですよ。

それからずっと専任としてマリリン・モンローの吹き替えを担当することになるのですが、今度はイメージ作りの一環で「マリリン・モンロー以外はダメ」というお達しが来てしまいました。

「マリリン・モンロー=向井真理子」というイメージが強くなりすぎてしまった故ですね。それにより他の俳優に声をあてることが出来なくなってしまったので「どうして私にはマリリン・モンローだけなの?」と思われた時期にあったとか。

とはいえそれほどの持ち役が出来るのは役者冥利に尽きることだし、50年近くも続けられているのだからとても素晴らしいことだと思います。

神谷明

神谷さんは1970年から活躍されている大御所声優で第二次声優ブームの立役者の1人です。声優業界の歴史を語るにあたっては外せない人物であると言ってもいいでしょう。

代表的な役はキン肉マンのキン肉スグルや北斗の拳のケンシロウ、シティーハンター及びエンジェルハートの冴羽獠などその経歴に相応しいものばかり。アニメについて詳しくない人やある程度お年を召した方でもその美声に聞き覚えがある方は多いはずです。

特に冴羽獠役は1番のお気に入りで「ケンシロウのような二枚目の演技もキン肉スグルのような三枚目の演技も全て受け入れてくれる。」とおっしゃっており、自らが立ち上げられた個人事務所の名前としても使われています。

またゲッターロボシリーズの流竜馬や勇者ライディーンのひびき洸、闘将ダイモスの竜崎一矢といったロボットアニメの主人公の役に多く抜擢。必殺技を叫ぶセリフが多かったことから業界内の一部からは「叫びの神谷」と呼ばれるようになり、「ロボットアニメの主人公なら神谷明を使っておけ」という風潮もあったとか。

ご本人もその叫びのセリフには強いこだわりがありロボットもののアニメキャラが多数参加する人気ゲームでは「ゲームだから1番いい声を残したい」ということで、流竜馬の決め台詞である「ゲッタービーム!」を30回も言い直したことがあります。

他にはドカベンの里中智のような線の細い美少年役に、うる星やつらの面堂終太郎やめぞん一刻の三鷹瞬のようなナルシストな二枚目半の役。モーレツア太郎のニャロメのようなマスコットキャラや美少女戦士セーラームーンSの土萠創一のような怪しい悪役。

超時空要塞マクロスのロイ・フォッカーや名探偵コナンの毛利小五郎(初代)のような渋い役など、どんな役でもこなせる非常に芸達者な方です。

洋画吹き替えでも活躍されていてピアーズ・ブロスナンの吹き替えを専任で担当したほか、007やスターウォーズといった有名シリーズで主役の吹き替えを担当。

CMや番組のナレーションを務めることも多く、特に東京ドームシティアトラクションズ(旧名・後楽園ゆうえんち)のヒーローショーのCMナレーションを20年にも渡って担当されましたので聞き覚えがある方も多いと思います。

他にも有名ラジオ番組であるオールナイトニッポンで声優として初めてレギュラーパーソナリティーを務めたり、オレたちひょうきん族という伝説のバラエティ番組の1コーナーで司会を務めるなどその活躍は声優のみに留まらず多岐に渡っています。

若い人でも知っているような伝説級のキャラを持ち役にしている神谷さんですが、現役であるにも関わらず一部の役は後輩に譲っていたりもされています。

北斗の拳の後日を描いた作品やゲームやパチンコ台のケンシロウ役は複数の後輩声優が演じていますし、名探偵コナンの毛利小五郎役が2代目の小山力也さんに変わったときには突然のことだったので騒ぎになりました。

もちろんどれも思い入れのある役ですし実力が落ちたわけではないので神谷さんがそのまま演じたいのはやまやまではあるのですが、これらは番組の制作費の問題で仕方がないことだそうです。

声優の出演料というのは番組の制作費の中から出されるもので実際に出演した声優が手にする金額は所属する事務所のシステムによって微妙に違いますが、アニメ作品への出演においてはキャリアによって金額が変わってくる“ランク制”が適用されています。

そしてキャリアが高ければ高いほど出演料が高くなるのですが、神谷さんほどのキャリアや実力及び知名度がある方ならその出演料は一番高いランクのものになります。

よって「やりたい役だから自らが受け取る出演料を下げてもいいから出たい!」というようなことをしたら、その分他の出演者が受け取る出演料も下げることになってしまうので役を譲るようなことが出てきてしまうのですね。

声優界を最前線で引っ張ってきたからこそキャリアが上がってしまったわけですし、1980年代から声優の地位や収入の向上のために尽力された方ですので尚更無理に出演することが出来ないという事情もあります。

この問題は神谷さんだけに起こっていることではないですが、少なくても今の声優業界の出演料のシステムが変わらない限りはどうしても仕方のないことです。

しかしそれでも往年のファンや原作者からの「このキャラの声は神谷さんでなくてはならない!」という強い声はいつまで経っても健在で、予算が十分に確保されている作品では引き続き自らの持ち役を担当されていますよ。

私としても冴羽獠やキン肉スグルは神谷さんでなければ嫌なので、可能な限り演じていただきたいです。

また神谷明さんはテアトル・エコーという半世紀以上続いている大手の劇団出身で初代ルパン三世の山田康雄さんや初代銭形警部の納谷悟朗さん、名探偵ポワロの熊倉一雄さんの直属の後輩であり教え子であると自負されています。

冴羽獠も毛利小五郎もキン肉スグルもこのお三方の演技を参考にされたもので、その教えやずっと見てきた姿が今も神谷さんの演技の中に生きているのでしょう。

しかし3人の師匠の「声優は俳優という仕事の一部に過ぎない。」という価値観とは違い、神谷さんは「声優は専門的な職業である。」と独立した1つの職業として考えていらっしゃいます。

もちろんどちらが正解でどちらが間違いであるということはないのですが、それだけ声優という仕事を愛して誇りに思っていらっしゃるということですね。

その強く深い想いゆえに後進の育成にも尽力されていて専門学校の声優コースで長年に渡って教鞭を取られています。その中には新谷良子さんや清水愛さんなど既にプロとして活躍されている方もいらっしゃいますよ。

これからも前線で現役声優として後方で育成者として、長く続いていく声優業界を支え続けていかれることでしょう。声優業界にとってなくてはならない方ですので、いつまでも元気に活躍していただきたいと思います。

山田康雄

山田さんの代表作といったら何といってもルパン三世でしょう!現在は2代目の栗田貫一さんが演じられていて若い方は栗田さんの方が馴染みが深いと思いますが、初代は山田さんです。

ルパンとの出会いは舞台での役作りに悩んでいた際に「役作りの参考になるから。」ということで漫画を借りたことがきっかけ。漫画が役作りになるのかと最初は半信半疑でしたが読んだ瞬間夢中になって、それから定期購読されるようになり役作りにもルパンの一挙手一投足を取り入れたのだとか。

そして舞台本番の日偶然ルパンの声に相応しい役者を探していた演出さんの目に留まり、すぐに打診が来たために二つ返事でOKを出されました。実際に写真を見ていただけるとわかると思いますが、その風貌もかなりルパンに似てらっしゃるんですよ。

「ふ~じこちゃ~ん」や「ルパ~ンさ~んせ~」といった今ではお馴染みの独特の言い回しも山田さんが生み出したものですし。出会い方といい24年間に渡って声を担当することになったことといい、ルパンとはかなり強く深い縁で結ばれていたのではないでしょうか?

ルパン以外の代表作には吾輩は犬であるドン松五郎の生活のドン松五郎や宇宙の騎士テッカマンのアンドロー梅田などがありますが、アニメ作品があまりお好きでなかったためか芸歴の長さと比べてそちらへの出演は少なかったです。

その分洋画吹き替えでたくさん活躍されていて、クリント・イーストウッドやジャン=ポール・ベルモンドといった伝説の映画俳優の吹き替えを専任で担当されました。特にクリント・イーストウッドの吹き替えで右に出るものはおらず、「クリント・イーストウッドの吹き替えは山田康雄」と世間の人々に認知させるほど。

その他にも舞台の上で精力的に活躍されましたし、お笑いスター誕生!!の司会者を務めるなど役者以外のお仕事でも多岐に渡ってご活躍されていました。そのお仕事の1つでザ・ドリフターズの演技指導も行ったこともあるそうですよ。

とある本に載っていた次元役の小林清志さんのお話ではアフレコ中のスタジオにドリフターズの面々が入ってきて、山田さんに丁重に挨拶していったのでとても驚いたとおっしゃっていました。

明るくひょうきんな性格でお茶の間での人気も高く様々な業界の人と繋がりがあった山田さんですが、役者というお仕事に対して高い信念とプライドをお持ちであったためスタジオ内ではかなり厳しい人物でした。

共演者に熱意ややる気が見られなければ「スタジオってのは芸と芸をぶつけ合うところなんだよ!」と激を飛ばされたり、誰かがミスをしたら「だから下手なヤツとはやりたくない。」と舌打ちをされたこともしばしば。

確かに熱意ややる気が見られない役者は共演者の足を引っ張ってしまいますし、ミスが多いということは稽古や台本の読み込みが足りないということですからね。後輩から見たらかなり怖い先輩ではありましたがその内容は他の共演者も感じていることで皆を代表しておっしゃっている感じだったらしいですし、演技も素晴らしかったため嫌われることはなかったし尊敬されていたそうです。

もちろんご自分がミスをすることは絶対にありませんでしたよ。また劇団出身であったためか山田さんは「声優」と呼ばれることをとても嫌っていらっしゃいました。これは当時は吹き替えやアフレコなどの声のお仕事は役者の仕事の一部だったから軽視していたのではなく、「声優業は役者としての感性が重要視される仕事である」として誇りに思っていらしたためです。

声優業はマイク前で日本語を喋っていればいいだけだからと軽く見られがちですが、発声や滑舌などの基礎が完璧で声のみでもキャラクターの感情を伝えられるような高い演技力がないと務まりませんからね。

新人を指導する際にも「声優を目指すな、役者を目指せ。演技は全身でするものだ。それでこそ声優業も活きてくるんだ!」を口癖に厳しく接していらっしゃいました。現在は声優というお仕事がかなりの人気職業になり、そのため多くの専門学校や養成所が出来ましたよね。

その中には山田さんの指導内容のような厳しくためになるものもありますが、授業数が極端に少なかったり基礎トレーニングをする時間がないものもあります。

それは正社員として働きながら学べるようになど時代のニーズに合わせて出来たものだったりするしそれで優秀な役者が育つのなら問題ないですが、専門学校や養成所時代の講師の方の話を聞いていると「随分とインスタントに育てる時代になったのだな。」と思います。

私の同期のクラスメートの中にもアイドル声優への憧れを持っているだけで役者として成長する気持ちを持っていない人も多かったので、ぜひとも山田さんにガツンと言っていただきたかったですね。

また役者として声優業に並々ならぬ想いをお持ちであったため、声優のギャランティ向上のためにデモを起こされたこともありました。

昭和40年代のことなのですが当時は1本あたりのギャラが3千円から3万円と少なかったですし、再放送分のギャラは支払われませんでしたからね。それにも関わらずたまに有名俳優が声のお仕事をした際には45万円も払ったりしたのですから、とっても理不尽でした。

奮闘の甲斐があって再放送分のギャラが認められるようになったのですが、もしこのときに動いてくださらなかったら現在の声優業界の給料体制はもっと悪かったかもしれないです。

そんな誰よりも熱い心をもって活躍されていた山田康雄さんは1995年に62歳の若さでお亡くなりになりました。

亡くなる2年前から体調を崩されがちになりその年のルパン三世のテレビスペシャルの収録の際には、途中から立っていられなくなり座って臨まれていましたし前年までと比べて勢いもなかったそうです。

翌年のテレビスペシャルも体調不良を押して参加されたそうですが、やはり声の勢いはより一層に衰えていてこの作品が事実上の遺作となりました。

亡くなる直前に劇場版ルパン三世の制作が決まり予告編の収録を終え、もうすぐ本編の収録日だというときに倒れられてそれから意識が戻ることなく旅立たれてしまったのでご本人はとても無念だったと思います。

「俺がもう出来ないってわかったときは新作を作らずに墓の中まで持って行かせて欲しい。」とおっしゃっていたくらいに思い入れのある作品でしたので、きっと何度も台本を読み込んでどんな演技をしようか熟考されていたはずです。

亡くなったと知ったときは同業者もファンも山田さんを愛する人が全て悲しみましたし、公私ともに親交があった音楽担当の方は「山田さんがいなければルパンじゃない。」と大きなショックを受けて一時的に降板されました。

劇場版自体は栗田さんが2代目として引き継いだため何とか収録が終わり上映されることになったのですが・・・。演技経験がないまま2代目を継ぐことになった栗田さんが心配で「お前でいいんだよ。」と、天国から励ましに来られたそうですよ。

そのとき以外にもスタジオでアフレコをしている姿が見えたりと、魂だけの存在となっても作品に深く関わっていらっしゃるようです。いえ、ルパン三世だけでなく現在の声優業界の行く末についてもどこかで見守っていてくださっているのかもしれませんね。