山田康雄

山田さんの代表作といったら何といってもルパン三世でしょう!現在は2代目の栗田貫一さんが演じられていて若い方は栗田さんの方が馴染みが深いと思いますが、初代は山田さんです。

ルパンとの出会いは舞台での役作りに悩んでいた際に「役作りの参考になるから。」ということで漫画を借りたことがきっかけ。漫画が役作りになるのかと最初は半信半疑でしたが読んだ瞬間夢中になって、それから定期購読されるようになり役作りにもルパンの一挙手一投足を取り入れたのだとか。

そして舞台本番の日偶然ルパンの声に相応しい役者を探していた演出さんの目に留まり、すぐに打診が来たために二つ返事でOKを出されました。実際に写真を見ていただけるとわかると思いますが、その風貌もかなりルパンに似てらっしゃるんですよ。

「ふ~じこちゃ~ん」や「ルパ~ンさ~んせ~」といった今ではお馴染みの独特の言い回しも山田さんが生み出したものですし。出会い方といい24年間に渡って声を担当することになったことといい、ルパンとはかなり強く深い縁で結ばれていたのではないでしょうか?

ルパン以外の代表作には吾輩は犬であるドン松五郎の生活のドン松五郎や宇宙の騎士テッカマンのアンドロー梅田などがありますが、アニメ作品があまりお好きでなかったためか芸歴の長さと比べてそちらへの出演は少なかったです。

その分洋画吹き替えでたくさん活躍されていて、クリント・イーストウッドやジャン=ポール・ベルモンドといった伝説の映画俳優の吹き替えを専任で担当されました。特にクリント・イーストウッドの吹き替えで右に出るものはおらず、「クリント・イーストウッドの吹き替えは山田康雄」と世間の人々に認知させるほど。

その他にも舞台の上で精力的に活躍されましたし、お笑いスター誕生!!の司会者を務めるなど役者以外のお仕事でも多岐に渡ってご活躍されていました。そのお仕事の1つでザ・ドリフターズの演技指導も行ったこともあるそうですよ。

とある本に載っていた次元役の小林清志さんのお話ではアフレコ中のスタジオにドリフターズの面々が入ってきて、山田さんに丁重に挨拶していったのでとても驚いたとおっしゃっていました。

明るくひょうきんな性格でお茶の間での人気も高く様々な業界の人と繋がりがあった山田さんですが、役者というお仕事に対して高い信念とプライドをお持ちであったためスタジオ内ではかなり厳しい人物でした。

共演者に熱意ややる気が見られなければ「スタジオってのは芸と芸をぶつけ合うところなんだよ!」と激を飛ばされたり、誰かがミスをしたら「だから下手なヤツとはやりたくない。」と舌打ちをされたこともしばしば。

確かに熱意ややる気が見られない役者は共演者の足を引っ張ってしまいますし、ミスが多いということは稽古や台本の読み込みが足りないということですからね。後輩から見たらかなり怖い先輩ではありましたがその内容は他の共演者も感じていることで皆を代表しておっしゃっている感じだったらしいですし、演技も素晴らしかったため嫌われることはなかったし尊敬されていたそうです。

もちろんご自分がミスをすることは絶対にありませんでしたよ。また劇団出身であったためか山田さんは「声優」と呼ばれることをとても嫌っていらっしゃいました。これは当時は吹き替えやアフレコなどの声のお仕事は役者の仕事の一部だったから軽視していたのではなく、「声優業は役者としての感性が重要視される仕事である」として誇りに思っていらしたためです。

声優業はマイク前で日本語を喋っていればいいだけだからと軽く見られがちですが、発声や滑舌などの基礎が完璧で声のみでもキャラクターの感情を伝えられるような高い演技力がないと務まりませんからね。

新人を指導する際にも「声優を目指すな、役者を目指せ。演技は全身でするものだ。それでこそ声優業も活きてくるんだ!」を口癖に厳しく接していらっしゃいました。現在は声優というお仕事がかなりの人気職業になり、そのため多くの専門学校や養成所が出来ましたよね。

その中には山田さんの指導内容のような厳しくためになるものもありますが、授業数が極端に少なかったり基礎トレーニングをする時間がないものもあります。

それは正社員として働きながら学べるようになど時代のニーズに合わせて出来たものだったりするしそれで優秀な役者が育つのなら問題ないですが、専門学校や養成所時代の講師の方の話を聞いていると「随分とインスタントに育てる時代になったのだな。」と思います。

私の同期のクラスメートの中にもアイドル声優への憧れを持っているだけで役者として成長する気持ちを持っていない人も多かったので、ぜひとも山田さんにガツンと言っていただきたかったですね。

また役者として声優業に並々ならぬ想いをお持ちであったため、声優のギャランティ向上のためにデモを起こされたこともありました。

昭和40年代のことなのですが当時は1本あたりのギャラが3千円から3万円と少なかったですし、再放送分のギャラは支払われませんでしたからね。それにも関わらずたまに有名俳優が声のお仕事をした際には45万円も払ったりしたのですから、とっても理不尽でした。

奮闘の甲斐があって再放送分のギャラが認められるようになったのですが、もしこのときに動いてくださらなかったら現在の声優業界の給料体制はもっと悪かったかもしれないです。

そんな誰よりも熱い心をもって活躍されていた山田康雄さんは1995年に62歳の若さでお亡くなりになりました。

亡くなる2年前から体調を崩されがちになりその年のルパン三世のテレビスペシャルの収録の際には、途中から立っていられなくなり座って臨まれていましたし前年までと比べて勢いもなかったそうです。

翌年のテレビスペシャルも体調不良を押して参加されたそうですが、やはり声の勢いはより一層に衰えていてこの作品が事実上の遺作となりました。

亡くなる直前に劇場版ルパン三世の制作が決まり予告編の収録を終え、もうすぐ本編の収録日だというときに倒れられてそれから意識が戻ることなく旅立たれてしまったのでご本人はとても無念だったと思います。

「俺がもう出来ないってわかったときは新作を作らずに墓の中まで持って行かせて欲しい。」とおっしゃっていたくらいに思い入れのある作品でしたので、きっと何度も台本を読み込んでどんな演技をしようか熟考されていたはずです。

亡くなったと知ったときは同業者もファンも山田さんを愛する人が全て悲しみましたし、公私ともに親交があった音楽担当の方は「山田さんがいなければルパンじゃない。」と大きなショックを受けて一時的に降板されました。

劇場版自体は栗田さんが2代目として引き継いだため何とか収録が終わり上映されることになったのですが・・・。演技経験がないまま2代目を継ぐことになった栗田さんが心配で「お前でいいんだよ。」と、天国から励ましに来られたそうですよ。

そのとき以外にもスタジオでアフレコをしている姿が見えたりと、魂だけの存在となっても作品に深く関わっていらっしゃるようです。いえ、ルパン三世だけでなく現在の声優業界の行く末についてもどこかで見守っていてくださっているのかもしれませんね。

塩沢兼人

塩沢さんは第2次声優ブーム初期の1975年から活躍されていたベテラン声優。北斗の拳や機動戦士ガンダム、聖闘士星矢など昭和を代表する超人気アニメにご出演されていたので、声優に疎い中年以上の方でも塩沢さんの声ならば聞き覚えがあるのではないでしょうか。

高めの独特の色気のようなものをまとった美声の持ち主で代表的な役には北斗の拳のレイや聖闘士星矢の牡羊座のムウのような正統派美青年の役や、名探偵コナンの白鳥警部のようなちょっとキザな役があります。

またその声には機動戦士ガンダムのマ・クベやメタルギアソリッドシリーズのグレイ・フォックスのような冷酷で狡猾な美形悪役によく似合い、その分野で塩沢さんの右に出る者はいませんでした。かといってコメディチックな演技も可能で、ハイスクール奇面組の諸星大やクレヨンしんちゃんの映画では「もう女性なんじゃないか?」と思うくらい見事なオカマを熱演。

特にクレヨンしんちゃんでぶりぶりざえもんという豚を演じた際には想像以上のハマりっぷりと面白さに、共演者やスタッフ全員が第一声を聞いた瞬間から度肝を抜かれたそうですよ。

塩沢さんの代表的な役としてぶりぶりざえもんを挙げる人も多いのではないでしょうか。洋画吹き替えでも活躍されていて、スターウォーズやシザーハンズなどの大ヒット作で主演の吹き替えも担当されました。

そんな塩沢さんが役者を目指し始めたのは少年時代から。中学生時代には元々学校に演劇部がなかったのにも関わらず自ら結成して活動するほど、若い頃からお芝居への強い情熱をお持ちでした。

大学は演劇科があるところに進学されたのですが、高校もそこへ進学することを見越して選んだほど。その念願が叶って大学在学中からタイムボカンシリーズで端役としてデビュー。

それと同時に俳優として舞台にも出演されていたのですが、次第に声のみの仕事が増え声優として専門でお仕事をされるようになりました。

その人気は平成の世になり2000年代になっても衰えず、キャリアも積んでまさに脂が乗り切っていたのですが・・・。2000年5月、不慮の事故で突然この世を去ってしまいました。業界やファンの間で衝撃が走ったのはもちろん、声優ファン以外にも名前を知られた存在だったため翌日の朝からニュース番組で速報が流れていましたね。

たくさんの代表作に恵まれていた方でしたしレギュラーも多く抱えていらした中での突然の訃報だったので、日本中が涙しましたし18年経った現在でもその死は惜しまれています。

声優も俳優も担当していた者が亡くなったら代役を立てるのが普通です。塩沢さんが亡くなったときも多くの声優さんがその役を引き継ぎました。しかし「このキャラクターの声はどうしても塩沢さんじゃなくてはいけない!」という、原作者や製作陣やファンからの強い要望により代役を立てなかった作品も多くあります。

スーパーロボット大戦シリーズでは過去の塩沢さんの声を録音しておいたものを使ったり、ギルティギアシリーズでは塩沢さんが担当していたキャラクターが続編にも登場予定だったにも関わらず急遽死亡する結末に書き換えられたり。

登場させる予定はなかったのに塩沢さんが演じていたキャラクターを過去に録音していたものを使用することでわざわざ再登場させ、追悼の意を表した作品もありました。

さらに誰もがよく知っているクレヨンしんちゃんのぶりぶりざえもんは姿は表すのですが、「過去の音源から声を拾い集めて使うのも塩沢さんに対して失礼である。」という強い想いから登場させる際にはセリフや声が出ない設定で話を作るほど徹底。

原作でも大人気で活躍が期待されているキャラクターなのに全く喋らないのはおかしな話ですが、ファンも塩沢さんでないと納得出来ないという気持ちが強かったためそれに異を唱える人は誰もいませんでしたね。

そのいつまでも続くであろう永久欠番状態は、連載25周年及び塩沢さんのご逝去から16年の節目を迎えた2016年5月まで続きました。二代目として人気声優の神谷浩史さんが継ぐことが決まった際には、ネットニュースに載るなど大変話題になりましたよ。

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